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114年の歴史をつなぐバトン。山北前社長と、青海新社長が語る「経営の本質」と「JTBの価値観」

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2026年6月、JTBは大きな節目を迎えました。2020年から約6年間、未曾有のパンデミックという荒波のなかで舵取りを担ってきた山北栄二郎が会長へ、そして常務執行役員として長期ビジョン戦略推進を担ってきた青海友(あおみ とも)が新たに代表取締役社長に就任しました。
今回は両者の対談を通じて、114年の歴史を持つJTBがこれからも大切に引き継いでいく価値観、そして新体制が目指す組織の未来像に迫ります。

山北 栄二郎

1987年 株式会社日本交通公社(現、株式会社JTB)入社。
マーケティングや営業開発、経営企画等を経験後、07年からは欧州事業の要職を歴任。JTB常務執行役員などを経て、20年6月に社長就任。26年6月末、会長に就任。趣味は絵画鑑賞や歴史探訪。

青海 友

1993年 株式会社日本交通公社(現、株式会社JTB)入社。
店頭・渉外営業、営業企画、経営企画等を経験後、22年に常務執行役員に就任。24年JTB Americas社長、26年に常務執行役員 長期ビジョン戦略推進担当を経て26年6月末に新社長に就任。趣味はゴルフ。

JTBの存在理由を問われた6年間

――山北さんは2020年6月に社長に就任されました。この6年間は率直にどのような日々でしたか。

山北:本当に時の流れが早かったと感じます。実は私が社長就任の打診を受けたのは、まだ新型コロナウイルスの影もない時期でした。当時、欧州代表として11年ほど海外にいた私は「社長になったらJTBを『Forbesトップ100』に入るようなグローバル企業にしたい」と大きなアンビションを抱き、2020年1月に帰国しました。
ところが、あれよあれよと世の中が一変。6月の就任時には、描いていた未来図をすべて書き換えざるを得ない状況でした。世界中が感染の恐怖に直面するなかで、それまで「善」と信じてきた「人と人との交わり」がまるで「悪」であるかのように語られ、「不要不急」という言葉が世の中に広がっていきました。

――就任早々、非常に困難な状況に直面されたのですね。

山北:はい。JTBとしても事業が止まり、キャッシュアウトが続くなかで、銀行への借り入れや資本の増強をお願いすることになり、金融機関や株主といったステークホルダーに対して、自分たちの存在意義を説明し直さなければなりませんでした。そこで気付かされたのは「JTBは何者で、どんな価値を世の中に与えてきたのか。そしてこれからどんな価値を作っていけるのか」という社会への説明を、これまで怠ってきたのではないかということです。
そこから私は、この苦境を”事業の価値をもう一度作り直すための大切な期間”と捉え「交流の再定義」を進めました。私が在任中に行なったリブランディングはまさにその一つです。これは単なるロゴの変更ではなく、自分たちの存在の本質をステークホルダーに正しく伝えるために重要なプロセスだったのだと思っています。

――「交流」を再定義するなかでどのような発見があったのでしょうか。

山北:人々が旅・交流を通じて得ようとしているのは、新しい学びや、そこから生まれる感動です。データに目を向ければ、世界の人口の約10%がツーリズム産業に関わり、世界全体のGDPの約10%がこの産業から生み出されています。私たちがやってきたことは、これほど裾野が広く社会に不可欠な事業であるという認識を改めて強く持ちました。そこから、企業や地域、学校を対象とした新しい「ソリューション型ビジネス」へと舵を切ることになります。
例えば学校向けには、単なる修学旅行の手配にとどまらず、子どもたちの能力やモチベーションを分析するツール「J's GROW」を提供し、教育の目的に深く踏み込むビジネスを構築しました。また、行政と連携したワクチン接種事業や療養者の宿泊施設確保、地域観光のプロモーションなど、社会課題を解決する仕事に献身的に取り組んだことが、結果として業績回復の大きな原動力となりました。 

――山北さんにとって最も厳しい決断は何でしたか。

山北:毎日発生する膨大な金額の損失をどう止めるか。まさに毎日が決断の連続でした。経費を抑えるために不動産や事業の売却なども実行しましたが、経営者として最も難しく、本当にやりたくなかったのは、社員の給与削減と早期退職の募集です。会社を存続させるためには避けて通れない道とはいえ、非常に胸を痛める決断でした。
そのような厳しい環境のなかで、それでもなお社員から「お客様の笑顔に触れることが自分の生きがいです」「絶対に旅に関わる仕事を続けていきたい」という言葉を聞いたときは、むしろ私の方が励まされましたね。社員一人ひとりこそが、JTBの最大の財産であると確信した瞬間でもありました。

現場で身についた、お客様の“機微”を感じ取る力

―― ここで、新たに社長に就任された青海さんにお話を伺います。青海さんはこれまで、どのようなキャリアを歩んでこられたのでしょうか。

青海:私は1993年の入社以来、本当に多様な経験をさせてもらいました。札幌の店舗での店頭営業や渉外営業に始まり、本社でのマーケティングや人事、経営企画を経験。さらに、旅行以外の法人事業を拡大するために「JTBコミュニケーションデザイン」の立ち上げにも関わりました。その後は法人事業本部を経て山北さんとともにコロナ禍の経営改革を担いました。直近ではJTB Americasの社長として、北米やブラジルといったグローバルな舞台で事業強化やM&Aに取り組んできました。
ローカルとグローバル、トラベルと非トラベル領域、そして現場と経営――。振り返れば、こうした変化の連続でした。

――多様な経験を重ねてこられた青海さんですが、今に繋がる最大の原点はどこにあるのでしょうか。

青海:私のすべての原点は、現場でのお客様との接点にあります。入社後の2年間を過ごした札幌支店での店頭営業がその一例です。店頭では、お客様一人ひとり、行きたい方面も、旅への期待や不安も多種多様です。必ずしも言葉に表れない思いもある中で、その思いにお応えする為に、さまざまな工夫をしてお客様の気持ちに寄り添いたいと思いました。
また、その後の法人営業においても沢山のお客様と添乗員として旅をする中で、お客様の目、表情、体全体から、その方の気持ちを感じ取る力が養われた気がします。これは現在の立場においても生かされていて、さまざまな方の気持ちを汲んだ経営判断を心かげています。

――社長就任の打診を受けたときは、率直にどう思われましたか。

青海: 正直、社長を目指して仕事をしたことが無かったので、実感が湧かなかった、というのが本音です。
しかし、時間が経つにつれて、2万人の社員とその家族、そして114年の歴史を繋いできた先輩たちの想いを感じています。
このバトンは想像以上に重く、今は結構緊張しています。あまりそう見られないタイプではありますが…(笑)。

――これまで、ともに経営を行ってきた山北さんからみて、青海さんはどのような人ですか。

山北: 青海さんはコロナ禍という未曾有の危機において、経営戦略担当の役員(CSO)として改革の最前線に立ち、私と一緒に悩み、そして考え抜いてくれました。そこで感じた経営者としての彼の資質を挙げるなら、まず「マーケットオリエンテッド(市場・顧客起点)」の思考が非常に強いこと。彼は常に「社会に対してどのような価値を提供できているか」という外向きの視点を忘れません。次に「アカウンタビリティ(説明責任)」を果たす能力の高さです。物事の本質を論理的に捉え、ステークホルダーや社員に対して相手へのリスペクトを持ちながら自分の言葉で語ることができる。これは「JTBは何者か」を社会に示し続けていくリーダーにとって不可欠な能力だと思っています。
そして最後に「アンビション」を持っていることです。「JTBをこんな会社にしたいんだ」という強いビジョンを描ける力は、組織を引っ張る人間には欠かせません。現場の「機微」を理解しながらも、ロジカルに未来を構想できる。それが青海さんの魅力ではないでしょうか。

新体制のキーワードは「シンプル・前向き・外向き」

――山北さんの厚い信頼を受けて、青海さんはこれからどのような経営を行っていきたいと考えていますか。

青海:山北さんの言葉と重複しますが、私がこれから注力したいと考えている経営観を言葉で表すと、「シンプル・前向き・外向き」です。まず「シンプル」について。114年という長い歴史を持つ組織は、どうしてもルールや組織図が複雑になりがちです。この複雑化した仕組みを一度シンプルに整理し直すことで、変化に強く、柔軟な組織へと変えていきたいと考えています。

次に「前向き」です。コロナ禍を経て、社員が自信を失いかけていた時期もありました。しかし、私たちが取り組んでいる「交流」が持つ力は、本来とても素晴らしいものです。社員一人ひとりがその価値を再認識し、自信を持って前向きに挑戦していけるような環境を作りたいと考えています。
そして3つ目が「外向き」です。大きな組織はどうしても「社内論理」に陥り、内側に目が向きやすくなります。これを、常にお客様やマーケットという「外」に目を向けた思考へと比率を変えていきたいと思っています。山北さんが「マーケットオリエンテッド」と話してくださいましたが、社会にどのような価値を提供できているかを常に問い続ける「マーケット起点での経営」を目指していきます。

――ここで山北さんに伺いたいのですが、ご自身の社長としての経験を踏まえ、特に青海さんに引き継いでほしい価値観や想いについて、改めてお聞かせいただけますか?

山北:青海さんにもぜひ引き継いでほしいのが、「カジュアル」と「リスペクト」という2つの価値観です。「カジュアル」というのは、単に服装をラフにするといった形だけの話ではありません。本質は、「形式にとらわれず本質を考える」ということです。
長い歴史のなかで積み上がってきた複雑なルールや「上司にはこう振る舞うべき」といった形式的な常識は、時に成長のベクトルを削いでしまいます。そこで私は、役職名ではなく「さん付け」を徹底するなどの取り組みを続けてきました。

目的は、部長だから、課長だからといった壁を取り払い、同じ人間として一対一で、自然体で話ができる関係性を築くことです。誰もが思ったことを自由に言える「心理的安全性が高い組織」でなければ、新しい発想やイノベーションは生まれません。この「カジュアル」という土壌を、次のステージでもぜひ大切にしてほしいと思っています。
そして、このカジュアルな関係性を支える根っこにあるのが、もう一つの価値観である「リスペクト」です。相手を尊重しているからこそ、どんな立場の人の話であっても真摯に聞くことができる。「相手はわかっていない」と傲慢になった瞬間に、マーケットの声も、現場の社員の声も一切入ってこなくなります。青海さんには、その謙虚さとリスペクトを持ち続け、社員が自律的に動ける組織をリードしてほしいと期待しています。

青海:先ほど私が申し上げた「シンプル」という経営観は、実はこの「カジュアル」と近い考えだと思っています。形式的なルールをそぎ落とし、本質に向き合うことで、組織は結果的にシンプルになりますから。
いただいたバトンをしっかりと握りしめ、お客様やビジネスパートナー、そして社員の期待に誠実に応えていく。114年の重みを力に変えて、世界から選ばれるJTBへとさらに進化させていきたいです。

JTBの最大の強みは、お客様の喜びを我がごとのように喜べる社員たちがいること

――最後にお二人の今も記憶に残っている「交流」「旅」のエピソードを詳しく教えてください。

青海:法人営業時代に企画した、ハンディキャップを持つ方のハワイ旅行がとても記憶に残っています。
そのツアーに、下肢が不自由で車椅子のお客様が奥様と参加されました。

万全のサポート体制を整えて、当時人気だったハナウマ湾へお連れすることにしたのですが、当日の朝、集合場所のロビーでお待ちしていたら、そのお客様が、ご自身に合わせたオリジナルのウェットスーツを着て、お越しくださったのです。現地では、スタッフが見守るなか、車椅子で進めるところまで行くと、そこから先はご自身の両腕の力だけで海へと入っていかれました。その方にとって、初めての海です。最初はおそるおそるでしたが、やがて水に慣れ、気がついたらとても上手に泳がれて、サンゴ礁や色とりどりの魚たちを楽しまれていました。暫く泳いだ後、満面の笑みで戻られた姿を見て、私達は思わず胸が熱くなりました。本当に素敵な笑顔でした。
後から奥様に教えていただいたのですが、実は何ヶ月も前から、何度も自宅のお風呂で水に浮く練習をされていたのだと。奥様曰く、途中で何度も水を飲み込んで咳き込みながらも、出発日直前まで練習してハワイに来られたそうです。
「旅」というキッカケ、新しい世界に触れたいという想いが、人が持つ可能性を広げてくれる。その方が泳ぐ姿を見て心が動かされたのと同時に、旅が持つ力を実感した出来事でした。「旅が生きる希望になる」というのは決して大袈裟なことではありません。

山北:素晴らしい話ですね。私にも、新入社員時代の添乗で忘れられない思い出があります。ご年配のグループのアメリカツアーに同行した時のことです。ツアーの最終日、ニューヨークのホテルに泊まった際、お客様たちから「最終日の夕食は部屋でパーティーをやるから、ピザをたくさん買ってきてくれませんか?」と頼まれたのです。私は必死に、街中で抱えきれないほどのピザを買い込み部屋へと急ぎました。

すると、スイートルームの会場は準備万端に整えられていて……なんと、私がピザを買いに行っている間に、お客様たちが私の誕生日パーティーをサプライズで仕掛けて待っていてくれたのです。

お客様と添乗員という枠を超えて「人と人」として心が通い合った瞬間の喜び。あのときのピザの味とお客様の笑顔は一生忘れることができません。「この仕事を選んで良かったな」と心から思った瞬間でした。

青海:おそらくJTBグループの多くの社員が、私や山北さんのようなエピソードを持っていると思います。交流の力やその価値を信じ、お客様の喜びを自分の喜びとして感じられる社員がいること。それこそがJTBの114年の歴史を支えるDNAであり、次なるステージへ向かう私たちの最大の強みなのだと思っています。

文 佐藤伶
写真 鍵岡龍門
編集 花沢亜衣

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