「食」を通してその土地の文化を知る。福岡の屋台で体験するガストロノミーツーリズム
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食を通じて地域の歴史や暮らしに触れる観光のかたち「ガストロノミーツーリズム」。その土地ならではの「食」にフォーカスし、どの地域でも工夫次第で魅力的なコンテンツを創出できる可能性を秘めていることから、JTBでも訪日領域における4つの柱の一つとして注力しています。
観光コンテンツが少ないことを課題としていた福岡市でも、「ガストロノミーツーリズム」の取り組みがはじまっています。今回は、福岡の観光開発シニアプロデューサーの松尾俊裕と、屋台ガイドのブルースさんに、食を通じた地域振興の舞台裏と未来への展望について語ってもらいました。
JTB 福岡支店 観光開発シニアプロデューサー 松尾 俊裕
JTB入社後、法人営業、商品造成、店頭などを担当。長崎支店長、店頭の天神博多エリア長、仕入の地域統括部長を経て、2023年より現職。福岡を中心とした自主事業の開発、ガストロノミーツーリズムの推進に従事。ガストロノミーツーリズムに資するコンテンツとして、屋台ホッピングのほか、「博多の台所・柳橋連合市場めぐりツアー」や、博多織の帯を締め博多の郷土料理と伝統芸能を堪能できるまち歩きツアーなども企画している。
屋台ガイド ブルース ヘンデル
アメリカでスキー選手として活躍したのち、引退後はアウトドアのガイドとして活動。1984年に福岡へ移住以来、福岡で暮らしながらビジネスコンサルタントやガイド・タレントとして活躍。コロナ禍前より屋台ガイドの活動をスタートし、欧米を中心とした訪日外国人を対象に博多の屋台の魅力を伝えている。博多の屋台に顔馴染み多数。数々の屋台を食べ歩いており、「長浜屋台 どげん家」の博多ラーメンは特にお気に入りのひとつ。
観光客と地域をつなぐ接点づくり
――まず松尾さんがこれまでどのように福岡と関わってこられたのか教えてください。
松尾:福岡には20年以上住んでいますが、福岡支店に配属されたのは1年ほど前でして、それまでは九州の各支店を中心に勤務しました。福岡支店に着任してからは、観光開発プロデューサーとして、いかにして福岡に観光客を呼び込む仕組みやサービスを作るかということに傾注しています。
また、福岡空港の国際線観光案内所や櫛田神社前にある「博多町屋ふるさと館」などの交流施設の運営、訪日観光客向けの多言語サイトの運営など、観光客と地域をつなぐタッチポイントづくりにも取り組んでいます。
――観光地として、どのような特徴があるのでしょうか。
松尾:海をはさんで大陸と向き合う博多は、古くは奴の国王が後漢の光武帝から金印「漢委奴国王」を受けた1世紀半ばから大陸との交流が始まり、遣隋使・遣唐使の時代を含め大陸との玄関口として栄え、中世においては日本最大の貿易港湾都市として発展していきました。さまざまな国と交流を持ちながら、博多人形や博多織などの伝統工芸品、博多祇園山笠や博多松囃子(どんたくの起源)といった祭りや行事など伝統文化が発展してきた背景があります。
一方で福岡市は、九州のハブであるにもかかわらず、有名な観光スポットが少ないという観光的課題を抱えていました。国際線の就航も増えていますし、アジアからの訪日観光客や出張者など多くの来訪はあるのですが、旅の目的地となることはあまり多くなかったんですね。
その土地の歴史や文化を「食」を通して体験する「ガストロノミーツーリズム」
――そんな福岡で「食」をテーマとしたコンテンツ造成をしていくと思うのですが、まずはガストロノミーツーリズムについて、あらためて教えてください。
松尾:「食」を通して、その土地の風土や歴史、文化を体験する観光のかたちのことです。地域が培ってきた土地の文脈は、その土地の食文化に根付いているもの。ガストロノミーツーリズムでは、日本各地に眠る「食」と「歴史」を体験できる上質なコンテンツを通してその土地の魅力を観光客に知ってもらい、各都道府県が抱えている地域課題の解決をはかると同時に地域経済を活性化していくことを目的としています。
「ガストロノミー」と言うと、豪勢なコース料理のようなものを思い浮かべる人も多いと思いますが、食を通してその土地の文化を感じてもらうことが第一義。そういう意味ではB級グルメを楽しむ旅行もガストロノミーツーリズムのひとつと言えるかもしれません。
――近年その注目度が高まっているそうですね。
松尾:どの地域にも何かしらの食文化があるため、多くの地域で取り組みやすいということが注目される理由だと思います。また、誰でも1日に3回は食事を取る機会があるため、観光客とのタッチポイントとして考えても、食からのアプローチはとても有効なんです。
JTBとしても、観光立国推進基本計画における観光政策「持続可能な観光」「消費額拡大」「地方誘客促進」の実現に向けて、このガストロノミーツーリズムを推進しています。
――ガストロノミーツーリズムでは、地域の食文化をコンテンツとして発信していきますが、松尾さん自身の「食」への興味はどんなところにあるのでしょうか。
松尾:もちろん、美味しいものを食べることは大好きです。福岡で言ったら、ラーメンやもつ鍋はもちろん、イカの活造りやゴマサバなどは随一ですね。でも、ガストロノミーツーリズムに携わるようになってからは、単に味だけでなく、その料理の背景にある歴史や文化にも興味を持つようになりました。ある料理がなぜその土地で生まれたのか、どのような食材が使われているのか。そういった背景を知ることで、より地域の魅力を深く知ることができるんです。
例えば、福岡の郷土料理である博多雑煮。博多雑煮では焼きあご(トビウオ)で取った出汁に、具材としてかつお菜やブリ、丸餅等を入れるのですが、他の地域では珍しいですよね。また昔はそれらの具材を、1人前ずつ竹串に刺して準備していたそうです。それぞれに理由や背景があり、それを知ることでより地域の歴史を理解するきっかけにもなるのが楽しいですね。
福岡の屋台文化に着目して生まれた「屋台めぐり」
長浜屋台街
――福岡の食文化にはどのような特徴があるのでしょうか。
松尾:先ほど、福岡市には観光地が少ないというお話をしましたが、食という切り口から見てみると、博多ラーメンや鉄鍋餃子、もつ鍋や水炊きといった鍋料理など、特色のある料理がたくさんあります。
なかでも最も独自性があるのは屋台文化ですね。戦後の混乱期に生まれた屋台文化が現代でも残っていて、福岡市内には100軒以上の屋台があります。街中にこれだけの数の屋台が集まっているのは全国でも福岡だけです。
実は過去には、衛生面や景観の観点から、屋台をなくそうとする動きもあったんです。けれども、福岡市は屋台を大事な観光資源の一つとして残すことを決め、衛生面の課題解決や公募制度などルールを取り入れることで管理する道を選びました。現在は多言語のメニュー表示やキャッシュレス決済の導入はもちろん、空き状況の可視化やAIを使った屋台案内など外国人観光客でも利用しやすい環境づくりにも取り組んでいます。
それと昨年、アメリカの有力紙「ニューヨーク・タイムズ」の「2023年に行くべき52カ所」でも福岡市や屋台(YATAI)が取り上げられ、さらに注目されている印象がありますね。「日本で数少ないYATAIが並んでいる場所」「屋台文化を存続させるために取り組んでいる唯一の都市」として評価されましたから。
――そういった流れもあり、屋台のツアーを企画していくことになったのですね。
松尾:そうですね。コロナ禍を経て訪日外国人が街中に増えていくのを肌で感じながら、福岡ならではの食を生かした訪日観光コンテンツが作れないかというのはずっと考えていました。なかでも「屋台文化」は、その背景や独自性もあり、福岡を知ってもらうに相応しいのではと。
いくら多言語化が進んでも、外国人の方だけだと屋台ってどうしても入りにくいんですよね。屋台の店主が英語を話せなかったり、暗黙の了解があったり。たくさんの屋台のなかから、自分の好みにあった店を探すのが大変という声も多かった。だからこそ我々がコンテンツ化することで、もっと気軽に楽しんでもらえないかと考えたんです。
そんなときに本社が、訪日外国人向けサイト「byFood.com(バイフードドットコム)」を運営するテーブルクロス社(以下TC社)へ出資することになり、福岡支店でもTC社の外国籍スタッフとの連携を開始しました。さらに24年5月には福岡市との協業も決まり、一気に具体化することとなりました。
こうしてできたのが「屋台めぐり(YATAI HOPPING)」のツアー。地元の屋台文化に精通したガイドが同行し、複数の屋台を巡りながら福岡の食文化や歴史を紹介するツアーとなっています。
――実際にツアーとして販売するにあたり、苦労したこともあるのでしょうか。
多言語のメニュー
松尾:コンテンツの内容というよりは、届け方にとても苦労しました。これまでJTBで作ってきた商品だと、ツアーを企画造成してパンフレットを作り、それを店頭やホームページに並べてお客様に販売してきましたが、今回のターゲットは日本に観光で訪れる外国の方。店頭に並べるのではなく、ツアーの魅力を写真や動画で表現し、SNSなどを駆使して情報を届けなくてはいけない。そこで、ノウハウがあり訪日外国人向けのプロモーションに長けているテーブルクロス社のお力をお借りしています。一方で、観光のプロとしてアイデアを出したり、自治体をはじめとした関係各所とのやりとりは私たちが担うことで、うまく協業できているように思います。
福岡のソウルフード「焼きラーメン」
また、企画中にぶつかった壁としては、屋台は基本的に「予約ができない」という点です。ツアーというのは、事前に予約しておきスムーズにご案内できてこそ価値があるものなので、このハードルをどう越えるか、実は相当悩みました。結果的に、このあとご紹介する屋台ガイドのブルースさんと出会ったことで解決したのですが、「昔からの付き合いがあるから予約できるよ」と言ってのける彼がいなければ、形にするのは難しかったかもしれません(笑)。
屋台は美味しい食事をするだけでなく、同じ場で過ごす人たちとお喋りする場所
屋台ガイドを務めるブルースさん
このツアーの実現を強力にサポートしてくれたブルースさんは、屋台文化を熟知しており、もう5年も前から屋台ガイドとして活躍するベテランです。ここからはブルースさんにも合流いただき、屋台を楽しみながら、お話を聞いていきます。
――福岡には、長浜、中州、天神など屋台街 が複数ありますが、今回長浜の屋台街に来た理由を教えてください。
長浜屋台街の「長浜屋台 どげん家」
ブルース:長浜の屋台は、他の屋台があるエリアから少し離れているため、本当に屋台が好きな人しか来ないんです。だから、一番リラックスできる。それこそ、子連れで来られるくらいゆったり過ごすことができるんです。
中州の屋台は地下鉄の駅に近くて便利なのですが、ここ最近は1時間待ちが当たり前ですからね。川沿いに屋台が密集していて景色としては楽しいので、「屋台めぐり」のツアーでも、食べ終わったあとに見に行くことはあります。
――ブルースさんがガイドする屋台めぐりでは、どのような体験ができるのでしょうか。
ブルース:僕が付きっきりでガイドしながら、屋台を2~3軒くらい食べ歩きます。しっかりコミュニケーションを取りたいので1日2組限定。17時半スタートと20時スタートがとしています。だいたい2時間半でみんなお腹いっぱいになりますね。
松尾:多くの屋台は10人くらいしか入れないので、そもそも入りにくいですし、何を注文すればいいかも分からない。そこをブルースさんに屋台の歴史やマナー、食事の説明などを案内してもらうことで、日本人と同じように楽しんでいただけます。
ブルース:「屋台めぐり」は食事がメインのツアーです。内容はお客様に合わせて変えるので、毎回最初にインタビューをするようにしています。どんな計画の旅行なのか、お昼には何を食べたのか、屋台ではどんなことを期待しているのか。そこで聞いた内容に合わせて、屋台を案内します。そのおかげか、みなさん満足して帰っていただけますね。
――福岡を熟知しているからこそ、さまざまな提案ができるんですね。ブルースさんは「屋台めぐり」を通じて、海外の人に屋台文化のどのような面白さを知ってもらいたいですか。
ブルース:屋台は、食事だけじゃなくてコミュニケーションをする場であるということですね。普通の飲食店では、知らない人と喋ることはほとんどないと思いますが、同じ屋台にいたら自然と会話が生まれます。屋台では知らない人でも話しかけることが許されていますから(笑)。堅い感じがなくてフレンドリー。それを楽しむのが福岡の屋台の醍醐味です。
松尾:そうですね。美味しいものを食べるだけじゃなくて、空間や時間も含めて楽しめるのが屋台の魅力。ブルースさんのようなガイドに協力していただくことで、普通に来ただけでは体験できないコミュニケーションが生まれています。そのコミュニケーションが福岡という街の文化や営みを深く知っていただく、いいきっかけにもなっているんです。
ブルース:実際「福岡」や「屋台」ということばは知っていても、なぜ屋台文化が始まったのかを知らない観光客がほとんど。そこをきちんと説明してあげると、より記憶にも残るし、目の前の料理がより思い出深くなると思います。僕のお客様の多くは「また絶対来る」と言ってくれますし、本当にリピートで来てくれる方も多いですね。日本の魅力を少しでも伝えられたのかなと思うと、ガイド冥利に尽きます。
松尾:一方で、ツアーとなるとどうしても参加できる人数が限られてしまうので、JTBと福岡市とで連携し、この7月から福岡空港国際線ターミナル内観光案内所に「屋台コンシェルジュ」を誕生させました。屋台のおすすめ情報はもちろん、利用方法や楽しみ方についても、ここでご案内しています。また、ブルースさんのような屋台ガイドもとても重要なので、ガイドの育成事業にも取り組んでいます。
食文化を通して福岡を知ってもらい、九州の他の地域へと繋いでいきたい
――最後に、ガストロノミーツーリズムにかける松尾さんの思いを教えてください。
松尾:昔から「食」という切り口は、観光コンテンツのなかの大きなテーマの一つではありました。大分で始まったすべての市区町村がそれぞれ一つの特産品を育てる「一村一品運動」や、ご当地グルメで町おこしをする「B-1グランプリ」などが代表的ですよね。やはりその地域の歴史や文化を知ってもらうきっかけとして、食の可能性が大きいということだと思うんです。
なので、まずは福岡といえばグルメ、そして屋台ということを世界中の人に知ってもらいたい。屋台ならではのコミュニケーションを通じて、福岡の人のあたたかさを感じてほしいです。そして屋台をきっかけに、福岡の伝統文化や九州各地にも興味を持ってもらえたら嬉しいですね。
文:早川大輝
写真:土田凌
編集:花沢亜衣
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