地域と歩む"観光地経営"。鍋ヶ滝公園オーバーツーリズムの解決から始まった熊本県小国町とJTBの絆
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ある地域に観光客が集中することによって起こるオーバーツーリズムの課題は、世界各地で改善が求められています。今回、訪れた熊本県小国町にある観光名所「鍋ヶ滝公園」も、地理的な要因から生じる大きな渋滞が長年の課題とされてきました。
そこで、小国町とJTB熊本支店、グッドフェローズJTBの協業のもと2021年にオンラインでの事前予約システムを導入。その後、繁忙期は最大3時間もの渋滞が生じていた道路が常時渋滞ゼロへと改善されました。この取り組みは「世界の持続可能な観光地TOP100選2022年」に選出され、オーバーツーリズムの解決事例として注目を集めています。
JTBが目指す地域課題解決のあり方とはどのようなものなのか、鍋ヶ滝公園のプロジェクトを担当した中村に話を聞きました。

熊本支店グループリーダー 中村 亮介
2012年JTB九州入社。九州各地やドイツ・フランクフルトでの法人営業、グローバルMICE営業などを経験し、2021年度に熊本支店に着任。休日は家族で「熊本グルメ巡り」を楽しんでいる。
カーテンのように水が流れる神秘的な景色「鍋ヶ滝公園」

――まずは、熊本県小国町にある「鍋ヶ滝公園」について教えてください。
中村:鍋ヶ滝は約9万年前の阿蘇山の巨大噴火によってできたと言われています。カーテンのように流れる水が美しく、滝の裏側に入り水しぶきを間近で見ることもできます。きれいな空気、滝に差し込む日差し、弾けるような水しぶきを眺めながら、リフレッシュするにはぴったりの場所です。
開園以来、県内外を問わず、また海外からもたくさんの観光客が足を運び、年間約20万人が訪れる人気の観光地となっています。桜や紅葉シーズンは別として、自然物の観光地でここまで人が来るのはなかなか珍しいものです。
また、期間限定で開催される滝のライトアップは非常に神秘的で、過去にJTBでライトアップツアーを実施した際も大変な人気となりました。
最大3時間の渋滞がゼロに。鍋ヶ滝公園のオーバーツーリズム課題解決に至るまで

――鍋ヶ滝公園が抱えていたオーバーツーリズムの課題として渋滞が挙げられます。課題の要因とは何だったのでしょうか。

地理院写真を加工して作成
中村:鍋ヶ滝までの道のりには、車両一台しか通れない橋があったり、Uターンや迂回できない道が続いており、大型連休には最大3時間の渋滞が発生していました。この渋滞に一番悩まされていたのは、鍋ヶ滝公園の奥にある町民集落に住む方々です。
本来であれば、車で3〜5分程度で帰れるはずの道のりが、最大3時間もかかってしまう。しかも、一度渋滞にはまると折り返すこともできません。鍋ヶ滝公園が開園してから約20年以上、この渋滞が長年の課題となっていました。
小国町とJTBが課題の解決策として選んだのが、「チケットHUB®」というシステムを用いた事前予約制でした。その経緯を教えてください。

中村:小国町のご担当者様からご相談があったちょうどその頃、JTBのグループ会社であるグッドフェローズJTBが提供する「チケットHUB®」の活用推進を社内でも始めていました。まだほとんど導入事例がありませんでしたが、当時の熊本支店・観光開発プロデューサーである山口がこのシステムを渋滞の課題解決に活用できるのではないかと考え、小国町の担当者様へ提案を行っていたんです。
「チケットHUB」を導入すると、例えば1台の車で何人のお客様が来場するのかなど、細かなデータを取ることができます。鍋ヶ滝公園の駐車場に停められる車の台数は限られているため、渋滞を防ぐためには車の台数を予測しておく必要がありました。来園者の予約枠数の開放率を常に決まった数値にキープすると、駐車場が満車にならないギリギリのラインでお客様が入れ替わるよう予約枠を調整することができると仮説を立てたんですね。

鍋ヶ滝の駐車場
――来場者数を管理するだけではなく、車の台数まで予測が立てられるわけですね。
中村:他にもピークタイムや繁忙期がいつなのか、これまで感覚で把握していたものも全てデータとして集めることができます。お客様の動きが読めるようになると、駐車場の警備員の数を調整するなど、運営に関わるコストも明確になります。
「チケットHUB」を導入すると渋滞の解消だけでなく、運営の効率化や今後の戦略にも十分役立てることができる。そのようなことを小国町の担当者様にお伝えしたところ、2021年6月ごろに事業採択をいただき、その年の11月3日から導入が決まりました。
――「チケットHUB」の導入から渋滞の解消に至るまで、どのような苦労がありましたか。
中村:結論から言うと、導入した初日から渋滞は解消されました。もちろん、さまざまな事前調査や分析はしていましたが、あとから調整していこうと思っていた枠数設定などの山勘がほとんど合っていたんです(笑)。

ただ、最初から完全予約制にすると、それを知らなかったお客様を困らせてしまう可能性があるため、導入当初は鍋ヶ滝公園までの道中にある、今は廃校してしまった小学校のグラウンドを活用しそちらでチケットの予約確認を行い、お持ちでないお客様にはその場で予約をしてもらう、または滝の混雑具合に応じて待機いただくといった調整を行いました。予約制は徐々に浸透し、一昨年から繁忙期は完全予約制となっています。
――導入初日から渋滞が解消されるとはすごいですね。
中村:渋滞はすぐ解消されたのでよかったものの、やはり最初は柔軟な対応が求められました。今ではさまざまなところで「チケットHUB」が導入されていますが、当時は、テーマパークや観光施設などのチケットを利用する施設での利用が中心だったので、自然物かつ渋滞の解決策として使用する事例は他になかったんです。そのため、トライアンドエラーでの効率的なシステム運用の模索がしばらく続きました。
接続が悪かったり、なぜかスマホの二次元コードを読み込めなかったりと、何かエラーが発生するたびに、その原因を探っては検証を繰り返していました。導入後の3日間くらいは、ほとんど発券所に付きっきりでしたね…。
――およそどのくらいで安定して運用できるようになったのでしょうか。
中村:基本の使い方からエラーへの対処法まで、あらゆる情報をマニュアルに落とし込んでいったおかげで、半年弱くらいでほとんど手がかかることはなく運用できるようになりました。
全ページ合わせると100ページくらいになるのではないかと。当時は、社内で一番「チケットHUB」に詳しかったと思います(笑)。
課題解決に万能薬はない。その都度、真剣に議論することが大事

――この取り組みは「世界の持続可能な観光地TOP100選2022年」への選出など、さまざまな賞を獲得しています。どのようなところにやりがいを感じましたか。
中村:オーバーツーリズム課題の解決事例として国内外問わず評価をいただいたことは、とても嬉しかったですね。ただ、それ以上に現在でも小国町と深く関係が築けていること、引き続き地域をより良くしていくための議論を続けさせていただいていることが、この取り組みが生んだ一番の功績だと思っています。
――小国町とのお取り組みは今も続いているのですね。

中村:渋滞の解消は達成されましたが、オーバーツーリズムを解決するということは、同時に入園者数が減る、つまり収益が減ることを意味します。しかも、そこにシステムの維持費や改修費がプラスされるわけです。その減ってしまった分の収益をどう確保していくか、今まさに議論している最中ですね。
――具体的にどのような議論が交わされているのでしょう。
中村:例えば、期間限定の夜のライトアップを常設にするとします。通常の入園料は1人300円ですが、夜のライトアップには付加価値をつけて600円にする。すると、トータルの入園者数は減っていても単価を上げることで帳尻を合わせることができるでしょう。しかし、常設にした場合、今度は誰が夜間に入園管理をするのか、夜間の人件費はどうなるのか、別の課題が浮かび上がってきます。
地域の課題解決に万能薬はないんですよね。何か新しいことをやろうとすれば、また新たな課題が生まれてくる。その都度、お客様と膝を突き合わせて真剣に議論をします。小国町の担当者様ともそれを都度繰り返してきたことで、より一層関係性が深まっていることを日々実感していますね。
テクノロジーが発展しても、最後は「人」が動かしていく

――都度、膝を突き合わせることで関係を深めてきたのですね。今後、小国町という地域とどのように関わっていきたいですか。

中村:ありがたいことに今は鍋ヶ滝のことだけではなく、小国町全体の向こう5カ年の観光推進戦略をご提案させていただいている最中です。JTBではよく“観光地経営”という言葉を使っていますが、観光地のある各地域にはさまざまな課題があり、それを乗り越えていかなければ、そもそも観光自体が成り立たなくなってしまいます。
小国町も少子高齢化が進んでおり、2050年までに消滅する可能性のある「消滅可能性自治体」の1つです。基幹産業として林業が8割弱を占めていますが、人口が少なければ担い手が見つからず産業も衰退してしまいます。
そこで人を呼び込み地域経済を活性化するための1つの手段が観光業です。小国町には鍋ヶ滝だけでなく、温泉地や国指定天然記念物に指定されている大イチョウ、新千円札の肖像に採用された北里柴三郎博士の記念館など、さまざまな見どころがあり、まだまだ発掘しきれていない観光地としての可能性があります。

小国町は2024年より新千円札の肖像となった北里博士の生誕の地
JTBが100年以上の歴史の中で積み重ねてきた観光の力を発揮することで、その地域が望ましい形で発展していける。まさにwin-winな関係性の中で、地域の課題解決を推進していけるのではないでしょうか。
――“観光地経営”という言葉もありましたが、改めてJTBが地域課題の解決に取り組む意義とはどのようなところにあると感じますか。
中村:テクノロジーの発展により、観光のあり方も大きく変容しています。今回の「チケットHUB」のように便利なシステムもどんどん開発されていますよね。
しかし、小国町の担当者様とのやりとりで痛感したのは、テクノロジーだけでは問題の解決には至りにくいということ。「そのテクノロジーをどう活用するか」「システムを導入してエラーが生じた際にどう臨機応変に対応するか」それを考え提案できるのは、すべて「人」なんです。
直接お客様に会いに行き真剣に議論を交わす時間や、「中村さん!」とお客様に声をかけていただけること。どれだけテクノロジーが発展しても、そういうやりとりが私の一番のモチベーションになっています。
先ほどお伝えした通り、“観光地経営”は何か解決したら終わりではなく、未来永劫つづいていくもの。JTBが長年蓄積してきた観光に関する技術や知恵、そして新たなテクノロジーを掛け合わせて、最後は人が動かしていく。そんなJTBにしかできないことにこれからも取り組んでいきたいです。

写真:大童鉄平
文: 佐藤伶
編集:花沢亜衣
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