“命のビザ”を繋いだもうひとつの物語、
大迫辰雄社員の思いを今・・・ -前編-

76年の時を経てお迎えしたお客様~新たな交流へ~
「杉原サバイバー」ソニア・リードさんのご息女がJTBに来社

「素敵な日本人へ」というメッセージが添えられた、1枚の写真。第二次世界大戦中、ナチスの迫害を逃れてきたユダヤ人たちを日本へと運んだJTB職員、大迫辰雄のアルバムに収められていたものだ。写真に写る女性の名前はソニア・リードさん。当時のリトアニア領事代理、杉原千畝が独断で発行した「命のビザ」を手に、ウラジオストクから日本を経由してアメリカへと渡った、いわゆる「杉原サバイバー」の1人だ。そして今年の春、亡き母の想いを胸に、ソニアさんの2人のご息女が日本にやってきた。

JTB本社へ来社されたシェリーさん(左)、デボラさん(中央)、出迎えた髙橋社長(右)
JTB本社へ来社されたシェリーさん(左)、デボラさん(中央)、出迎えた髙橋社長(右)

【76年の時を超えて、再び日本へ】

春の訪れとともに、アメリカから来日した2人の女性、デボラさんとシェリーさん姉妹。彼女たちの母ソニア・リードさんは、第二次世界大戦中にウラジオストクから日本を経由してアメリカへ亡命したユダヤ人たちの1人だった。そして彼女たちの人生にささやかな貢献を果たしたのが、ウラジオストクから日本までユダヤ人たちの旅の案内役を請け負った、JTBの前身であるジャパン・ツーリスト・ビューローの職員、大迫辰雄。荒波にもまれる連絡船の上で、乗客たちの恐怖と疲労を少しでも和らげようと献身した大迫に、ユダヤ人たちは感謝の気持ちを添えて写真を贈った。その中の1枚、ソニア・リードさんの写真の裏側に書かれていたのが「私を思い出してください。素敵な日本人へ」というメッセージ。その言葉通り、大迫は贈られた写真をひとつ残らずアルバムに収めて、生涯大切に保管していた。そのアルバムは現在、敦賀市の「人道の港 敦賀ムゼウム」に寄贈されている。

ソニア・リードさんの写真(左)
ソニア・リードさんの写真(左)

ウラジオストクから日本へ逃れたソニアさんは、敦賀から横浜、横浜からアメリカ東海岸へと移り住み、3人の子供をもうけた。そのうちの2人が、デボラさんとシェリーさん姉妹だ。夫の仕事の関係で生前に何度か日本を訪れたという母ソニアさんから、日本の美しさを何度となく聞かされて育った2人は、いつか日本へ行ってみたいと憧れていたそうだ。そしてついに夢が叶い、初めての日本訪問が実現した。

JTB本社ロビーにて デボラ・リードさん(左)、シェリー・リードさん(右)
JTB本社ロビーにて デボラ・リードさん(左)、シェリー・リードさん(右)

【偶然見つけた1枚の名刺】

今回2人が来日するきっかけとなったのは、敦賀市からの招待によるもの。2人はユダヤ人たちが最初に上陸した福井県敦賀市から出発して、日本各地の観光名所をめぐったあと、最後に東京にあるJTB本社を訪問。大迫辰雄の足跡をライフワークとして追いかけるジャーナリスト北出明さんの案内で、天王洲にあるオフィスへやってきた。東京湾を見渡す応接室で、髙橋広行社長とあいさつを交わす。

日本初訪問について伺う髙橋社長(右)
日本初訪問について伺う髙橋社長(右)

「長旅でお疲れでしょう。初めての日本はいかがでしたか?」

という髙橋社長の問いに、デボラさんは


「今回の旅は、私たちの期待をはるかに超える素晴らしいものでした。行く先々どこも美しい場所ばかりで、しかも桜が満開で。岡山の庭園、京都の哲学の道……。こんなに素敵な景色は見たことないわ、と思ったら、次の日にはもっと素晴らしい場所があって、毎日驚きの連続でした」

と、声を弾ませた。


「実は、お渡ししたいものがあるんです」

そういってデボラさんが取り出したのは、1枚の名刺だった。


「旅の出発直前に、皆さんにお見せする家族写真がないだろうか亡くなった父母の遺品を引っ張り出したところ、連絡船や母の写真に紛れて、1枚の名刺が出てきたんです。思ってもみなかったので、びっくりしました」(デボラさん)

名刺をとても大切に、感慨深く受け取った髙橋社長
名刺をとても大切に、感慨深く受け取った髙橋社長

おそらく、ソニアさんから写真をいただいたお礼として、大迫が手渡したのだろう。ウラジオストクの連絡船上で、大迫から母ソニアさんへ渡された1枚の名刺。表面こそ茶色く変色しているものの、角はピンとまっすぐ、破れたようすもない。76年という長い年月の間、ソニアさんが大事に保管していたことが伺える。裏を返すと、大迫の直筆で「大迫辰雄」の文字。控えめだが力強いその筆跡は、まるで大迫の人柄を表しているかのようだ。

名刺を見つけた時について語るデボラさん
名刺を見つけた時について語るデボラさん

「母は生前、私たち子供にも戦争当時のことをほとんど語ることはなかったので、名刺の存在はまったく知りませんでした。こうして名刺を目の前にして、母にとって非常に重要な意味を持っていたのだと実感しています。70年以上も大切に残していたわけですから。姉が名刺を見つけたときには、家族全員で喜びました。そしてこの名刺が、今度はJTBグループ社員の皆さんの励みになってくれればと思います」(シェリーさん)


「JTBでは現在『Perfect Moments, Always(=感動のそばに、いつも)』というブランドスローガンを掲げ、常にお客様のために尽くしていますが、そうした思いは76年前、我々の先人たちの手によってすでに始まっていた。この名刺はまさにそのことを裏付ける証です。お母さまが大切にしていた貴重な宝物を、今回お届けくださったことに心から感謝しています。この先ずっと大切に保管し、次の世代の社員たちへのメッセージとして伝えてゆきたいと思います」(髙橋社長)


さらにデボラさんからもうひとつ、髙橋社長へサプライズ。ユダヤ人を運んだ船や、若かりし母ソニアさんの姿を収めた写真をプリントした、白い抹茶碗が贈られた。発見した写真をもとに、デボラさんが手造りしたという。


サプライズのプレゼントを手に談笑
サプライズのプレゼントを手に談笑

「大迫辰雄さんは数々の困難にもめげず、荒波を乗り越えて、自分たちの仕事を懸命にまっとうした。誰からの助けも得られず、命からがらヨーロッパを逃れてきたユダヤ人にとって、船の上で初めて出会った人のやさしさがどれほどありがたいものだったのか、計り知れません。ですから、私たちも喜んで大迫さんの名刺をJTBにお返しすることにしました。私たちには、名刺がなくても大丈夫。大迫さんの思い出は、母の思い出とともにずっと胸にしまっておけますもの。それに、こうして名刺をJTBにお返しすることで、世代を超えた交流が実現したわけですからね」(デボラさん)


後編に続く




素敵な日本人へ~命をつないだJTBの役割~

※社名・肩書きは取材当時のものです。

続きを見る